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プロフィール・・・・・・ |
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阿部 俊子 あべ としこ
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| 生年月日 |
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昭和34年(1959年)
5月19日生まれ、50歳 |
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| 血液型 |
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A型 |
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| 出生地 |
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宮城県 |
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| 家族構成 |
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夫、両親(津山で同居) |
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| 趣味 |
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読書、旅行、音楽鑑賞、
ミュージカル鑑賞、ハイキング |
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| 好きな俳優 |
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緒方拳、アルパチーノ |
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| 好きな歌 |
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オペラ、シャンソン |
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| 好きなスポーツ |
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水泳、山歩き、ゴルフ、スキー、
スキンダイビング |
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| 好きな食べ物 |
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蕎麦、うどん |
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| 心に残る一書 |
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ミルトン・メイヤロフ
「ケアの本質」 |
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| 好きな言葉 |
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「希望は成功を人に導く」
(ヘレン・ケラー) |
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尊敬する
歴史上の人 |
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キュルケゴール、ガウディ、
松下幸之助、渋沢栄一 |
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| 政治家になった理由 |
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政治を目指した理由は、「制度を変える」ためです。制度を変えることなくしては、個人努力だけで社会生活の問題点と関わることになります。体制を「批判する」だけなら、あまり多くのことは変わりません。体制を整備する側に立とうと思いました。「誰かがやってくれるだろう」というのはないと思っています。気が付いた自分が行動することが重要だと思います。
私が政治家を志した原点は、20年前に看護学生として老人ホームで実習していたときに、お年寄りが質の低いケアを受けている場面に直面したところにあります。自分の入りたいと思うような質の高いケアを提供できる老人ホームを作りたい、そう考えたときに、様々な制度の壁にぶつかりました。例えば、質の高いケアを提供するためには、スタッフの人員を確保する必要がありますが、「施設基準」が定められていてそれ以上の増員は運営上難しいという問題があります。そのようなとき、医療を変えるには法律や制度を改善しなければならない、さらには医療・介護施設が改善されるだけではなく、高齢者を支える地域社会が必要だと考えました。高齢者が安心して生活できる社会をつくるためには政治が重要だ、と考えたことが政治家になろうと思った最初のきっかけでした。その後も、自分自身が看護師として働く中で、また全国の医療・福祉現場で働く皆様のお声をうかがう中で、政治の重要性を日々実感してまいりました。
こうして長年温めてまいりました政治への思いを、実現できる機会を今回与えていただくことができましたので、この仕事に対し全力で取り組んでいく所存です。みなさんの体制への想い、社会として整備する必要のあること、なんでも教えてください。見て、聞いて、語りあって、情報発信して、国政に反映していきたいと思います。 |
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| 生い立ち |
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| 10才代 |
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立中高ミッションスクールで授業中も読書三昧、
哲学や文学が大好きだった。 |
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| 20才代 |
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短期大学で栄養士になってから、自分探しをして看護の道へ。
発展途上国で看護教員をするのが目標であった。
准看護師学校に通いながら看護助手をして、看護の女工哀史を
実体験。特別養護老人ホームで実習して、「自分の入りたい
老人ホーム設立」を目標とする。 |
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| 30才代 |
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米国で働きながら大学・大学院に進学 途中老人ホーム設立の
ための株式会社(三井不動産)に就職。
このとき経済と政治の壁が少子高齢社会の障害だと実感する。
看護としての少子高齢社会への貢献をどのようにできるのかを
模索する。 |
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| 40才代 |
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博士号をとった理由は「臨床をよくするための研究」を
したいから。
そのため、臨床に役立つ、クリニカルパスでの標準化、
それに伴う質向上の方法とシステム改善、記録の簡略化と
リスクマネジメントなどの研究を行ってきた。最近は転倒
での看護のインフォームドコンセントや、患者とのリスク
共有、抑制の削減方法、記録の簡略化など、看護業務の標
準化を主なテーマとしている。
無限の可能性を秘める学生の成長に関わることはとても楽しい。 |
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| 学 歴 |
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| 平成9年9月 |
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イリノイ州立大学シカゴ校大学院博士課程 修了 |
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| 平成6年8月 |
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アラバマ州立大学バーミングハム校大学院修士課程 修了 |
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| 平成3年8月 |
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アラバマ州立大学バーキングハム校看護学部
(RN-BSコース) 卒業 |
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| 昭和63年3月 |
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三井記念病院高等看護学院 卒業 |
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| 昭和61年3月 |
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調布市医師会立看護高等専修学校 卒業 |
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| 昭和55年3月 |
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宮城学院短期大学家政科 卒業 |
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| 昭和52年3月 |
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宮城学院高等学校普通科 卒業 |
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| 職 歴 |
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| 平成17年9月 |
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衆議院議員選挙にて初当選 |
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| 平成15年4月 |
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(社)日本看護協会 副会長 |
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| 平成14年4月 |
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東京医科歯科大学大学院保健衛生学研究科看護管理学専攻
助教授 |
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| 平成12年3月 |
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東京医科歯科大学医学部保健衛生学科 講師 |
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| 平成9年4月 |
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群馬大学医学部保健学科 講師 |
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| 平成6年3月 |
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米国アラバマ州ナーシングホーム 主任(非常勤) |
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| 平成3年11月 |
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(株)三井不動産シルバー医療関連事業室
有料老人ホーム企画室(管理運営担当) |
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| 平成3年1月 |
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(株)三井不動産看護コンサルタント(非常勤) |
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| 平成2年7月 |
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米国アラバマ大学病院附属ナーシングホーム主任
(非常勤) |
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| 昭和61年4月 |
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白鬚橋中央病院准看護婦(非常勤) |
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| 昭和59年4月 |
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三鷹中央病院看護助手 |
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